旭川地方裁判所 平成9年(ワ)276号 判決 2000年2月01日
原告
ギャラガー・グェンドリン・パトリシア
右訴訟代理人弁護士
高崎暢
同
高崎裕子
同
竹中雅史
被告
学校法人旭川大学
右代表者理事
山川久明
右訴訟代理人弁護士
八重樫和裕
同
高井伸夫
同
岡芹健夫
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が、平成九年九月一八日、原告に対してした解雇は無効であることを確認する。
第二事案の概要
本件は、被告の設置・運営する私立旭川大学において、昭和五九年度から期間一年の労働契約を更新して外国人語学教員として勤務していた原告が、被告から平成九年九月に、前件訴訟の和解において合意した再雇用期間二年(更新一回)が満了する翌年四月以降は新たな労働契約を締結(更新)しない旨の通知(雇止め)を受けたことに対し、右雇止めには解雇に関する法理が適用又は類推適用されるべきであり、社会通念上相当とされる客観的合理的理由のない右雇止め(解雇)は無効であると主張して、その無効確認を求めたという事案であり、中心的争点は、(一)右雇止めに解雇に関する法理が適用又は類推適用されるか否か(雇用継続に対する合理的期待の有無)、(二)右雇止めについて社会通念上相当といえる客観的合理的理由があったか否かである。
一 (前提事実)
以下の各事実は、証拠を括弧書きで摘示した部分を除き、当事者間に争いがない。
1 当事者
(一) 原告は、アメリカ合衆国の国籍を有し、カリフォルニア大学サンタバーバラ校において歴史学を学んで昭和五二年六月に同校を卒業後、カリフォルニア州立大学サンホゼ校で教育学を履修し、多科目教育免許を取得して昭和五三年六月に同校を卒業した。その後、原告は、昭和五四年に英会話学校講師として来日し、昭和五九年から私立旭川大学(以下「被告大学」という。)の外国人語学教員となり、昭和六〇年には被告大学の教授である淺田政廣(以下「淺田教授」という。)と婚姻し、現在は淺田教授と二人の子供とともに旭川市内に居住している(<証拠略>)。
(二) 被告は、学校教育を目的とする学校法人であり、被告大学のほか、短期大学や高等学校等を設置・運営している(なお、被告の常任理事会及び理事長については単に「理事会」及び「理事長」と、被告大学の教授会及び学長を単に「教授会」及び「学長」という。)。
2 雇用経過の概要
原告は、昭和五九年四月一日から平成一〇年三月三一日までの約一四年間、一般英語等を担当する外国人語学教員として、被告大学に勤務していた。その雇用経過の概要は、次のとおりである。
(一) 旧招聘規程に基づく期間一年の労働契約の更新(七年間)
昭和五九年二月一六日、原告は、被告との間で、被告大学の外国人教員招聘規程(以下「旧招聘規程」という。)に基づき、雇用期間を一年とする労働契約を締結し、それ以後も平成三年三月三一日までの七年間、右旧招聘規程に基づく雇用期間一年の労働契約を六回にわたって更新した。
(二) 特任規定等に基づく期間一年の労働契約の更新(五年間)
次いで、被告大学においては、新たな就業規則として、「特別任用職員の任用並びに給与等に関する規定」(以下「特任規定」という。)及び「外国人語学教員の任用に関する内規」(以下「新任用内規」という。)が平成三年四月から施行されるようになったため、これらに基づき、原告は、被告との間で、雇用期間を一年間としながらも、合意された勤務年限五年間(特任規定四条一項)の期間内は特別な事情のない限り期間一年の労働契約を更新するという内容で、新たな身分である特別任用職員(特別任用教育職。以下「特任教員」ともいう。)として被告に勤務する旨の労働契約を平成三年四月一日付けで締結した。
右契約に基づいて、原告と被告は、平成七年度まで四回にわたって(勤務年限五年間の範囲で)期間一年の有期間労働契約を更新した。
(三) 前件雇止め
そして、被告は、平成八年二月二九日、原告に対し、同年三月末日をもって右の五年間の勤務年限が満了することから、「労働契約は同年三月三一日をもって期間満了により終了し、更新しない。」旨の通知をし、最初の雇止めを行った(以下「前件雇止め」という。)。
(四) 前件和解に基づく期間一年の労働契約の更新(二年間)
これに対し、原告は、平成八年四月一二日、旭川地方裁判所に対し、地位保全等の仮処分を申し立てるとともに(以下「前件保全事件」という。)、同年一〇月四日、同裁判所に対し、労働契約上の地位の確認を求める訴えを提起をした(以下、「前件訴訟事件」という。)。同裁判所は、同年一二月一一日、前件保全事件について、原告が労働契約上の権利を有する地位にあることを仮に定めるなど原告の仮処分申立てをほぼ認める決定をした。そして、前件訴訟事件については、職権によって和解が勧告され、平成九年三月二五日、原告と被告との間に、要旨次の内容の裁判上の和解が成立した(以下「前件和解」という。)。
(1) 原告と被告は、平成八年四月一日に遡って、被告が原告を特任教員として左記条件で採用する労働契約を締結したことを確認する。
記
「1 雇用期間は平成八年四月一日から平成九年三月三一日までとする。
2 特任規定第四条一項に定める勤務年限の合意を二年間(更新可能回数一回)とする。」
(2) 原告と被告は、本日、被告が原告を特任教員として、平成九年四月一日から一年間雇用する旨の労働契約を締結したことを確認する。
(3) 原告が平成九年度に担当する授業については、今後、原告と被告との協議により定める。
(4) 原告は、前件保全事件を取り下げる。
(五) 本件雇止め
被告は、平成九年九月一八日、原告に対し、前件和解で合意した勤務年限が終了することから、平成一〇年四月一日以降は新たな労働契約を締結(更新)しない旨を通知し、二度目の雇止めを行った(以下「本件雇止め」という。)。
二 (原告の主張)
1 解雇に関する法理の適用又は類推適用
次の(一)ないし(四)の雇用経過、待遇、職務内容、前件和解の経過等からすると、原被告間の労働契約は、期間の定めのない労働契約に転化したか、少なくとも転化したものと同視すべきであるから、本件の雇止めには、解雇に関する法理が「適用」されるべきである。仮にそうでないとして、原告には雇用継続に対する合理的期待があるから、本件雇止めには、解雇に関する法理が「類推適用」されるべきである。
(一) 雇用経過
原告は、昭和五九年に被告大学に勤務することになった際、当時の被告大学の岡本学長から、「今までの外国人教員は二年で辞めていただいたが、それでは英語教育にとって良くないので、あなたには長くいて欲しい。」と言われ、それ以後期間一年の労働契約が七年間更新され、その後も特任教員として五年間更新され、前件和解によって二年間更新され、合計一四年の長きにわたって、ゼミナールその他の英語科目を担当してきた。
(二) 待遇
待遇をみても、原告は、被告大学内では「専任講師」と呼ばれて、就業規則の適用を受けるとともに、専任教員に準じる勤務条件で雇用され、校務に関与する資格をも有していた。また、原告には、授業時間の多寡にかかわらず年俸としての給与が与えられていたし、専任教員と同様の研究室や同額の研究費・図書費も与えられていた。また、被告大学の正史ともいうべき『旭川大学経済学部二五年史』には、「専任教員」の一員として原告の名前が記載されていた。
(三) 職務内容
職務内容も、一講あるいは二講のゼミナールを担当していたのは専任教員と同様であるし、入試問題の作成や採点等の入試業務にも継続的に関与し、それまで二回しか行われなかった英語の専任教員の新規採用人事の内一回にも関与した。また、原告が教授会の構成員にならなかったのは原告の自由な意思によるものであって、特任教員自体は年度当初に申告することによって教授会の構成員になることができた。
(四) 前件和解の経緯
前件和解は、原告の勤務年限を二年間としたが、それは二年間経過後に確定的に労働契約を終了させることを意味したものではない。原告は、前件保全事件において勝利した上で前件訴訟事件の和解に臨んでいるのであって、しかも前件和解成立の前日に前件訴訟事件を担当した左陪席裁判官から、ファックスにて「被告が平成一〇年三月三一日の経過により、確定的に雇用関係が終了する旨の確認は求めない。」と伝えられたからこそ、前件和解に応じたのである。原告としては、前件和解が二年間経過後に確定的に労働契約を終了させる趣旨であれば応じるはずがなかった。
2 解雇に関する法理にいう客観的合理的理由の不存在による解雇無効
本件雇止めについては、解雇に関する法理が適用又は類推適用されるところ、本件雇止めには社会通念上相当といえる客観的合理的理由が存在しないから、本件雇止めは、権利濫用又は信義則違反として無効である。
よって、原告は、被告に対し、本件雇止めによる解雇が無効であることの確認を求める。
三 (被告の主張)
1 解雇に関する法理の適用又は類推適用がないこと
(一) 期間の定めのない労働契約への転化論の否認
まず、原被告間の労働契約が期限の定めのない労働契約に転化したという原告の主張は否認する。このような転化論は、最高裁判決昭和六一年一二月四日等によって既に否定されている。
(二) 原告の雇用継続に対する合理的期待の不存在
原告は、昭和五九年度から平成九年度まで被告と雇用関係にあったが、その間の労働契約は一貫して期間一年の有期間契約であり、以下の経緯にも照らすと、原被告間の労働契約が雇用継続を合理的に期待すべきものではなかったことが明らかである。
(1) 雇用経過及び職務内容
そもそも、原告は、二年間の短期雇用を予定して被告に採用された。原告のように旧招聘規程に基づいて被告に採用された外国人語学教員の雇用期間が二年間であることは当時の教授会の確認事項であったし、短期間の雇用であることに配慮したからこそ、原告の報酬が専任教員と比較して相当高額となったのである。
しかし、その後、原告が被告大学の教授である淺田教授と婚姻したことなどから、原告との間の労働契約が平成二年度まで六回更新されたが、教授会において、その更新回数の多さが問題とされるようになったため、被告としては原告との雇用関係の整理を検討し始めた。そして、折しも平成三年度から実施された特任規定に基づき、原告を特任教員として平成七年度までの五年間(更新回数四回)雇用し、五年後には雇用関係を終了させるという漸進的な整理を図ることになった。本来特任規定は、他の教育機関を定年退職した者でありながら被告において改めて雇用する必要が認められるような高度の教育経験、あるいは特殊な知識・技能を有する者を対象としているところ、経済学部しかない被告大学が経済学の専門科目の習得とは関連性の薄い一般英語の講義だけを行っていた原告を右特任規定に基づいて雇用したのは、原告の生活設計をも考慮して、直ちにではなく五年間という猶予期間をもって雇用関係を終了させようとした配慮に基づく例外的な措置であった。また、特任規定は、契約期間のほかに勤務年限(更新可能回数)を定めていることからも明らかなとおり、あらかじめ合意した更新可能回数を経過した後は、雇用関係を終了させることを原則としている。そして、被告は、平成七年度までの間、更新する際には毎年、原告との間で、勤務年限を平成七年度までとする旨を明記した勤務期間合意確認書を作成していた。また、淺田教授も出席していた教授会においても、毎年のように原告の特任教員としての雇用が平成七年度までであることが確認されており、原告もこうした事情を知っていた。
そして、原告の職務内容をみても、一般外国語の授業(ゼミナールを含む。)という限られた職務を限られた時間内で担当するほかは、教授会へ出席せず、恒常的な校務分掌を担当したことはなかったのであるから、その実質は非常勤教員と異なるところはなかった。
したがって、前件雇止めが行われた平成七年度末の時点でさえ、原告には雇用継続に対する合理的期待はなかったのである。
(2) 前件和解の経緯
前件和解には、更新可能回数が一回であって、その更新後の平成一〇年三月三一日を雇用期間の終期とすることが明記されていたのであるから、原被告及び裁判所の三者が、前件和解において合意した雇用期間の満了後には原被告間の雇用関係を当然に終了させるものとして紛争の抜本的解決を企図していたものであることは明らかである。
当時被告大学においては、語学教育の改革が進められており、前件和解が成立するまでには、平成一〇年度から原告の担当する一般英語を非常勤教員で対応することにするなど右改革に本格的に着手することを決定しており、特任教員の入る余地がなくなっていた。他方、前件保全事件において、原告の地位が仮に定められていたことをも考慮して、平成八年度から右改革開始の前年度である平成九年度までの二年間に限って、原告を雇用することにした。原告も、被告大学における語学教育改革の経緯を承知しており、平成一〇年度からのカリキユラムには原告が入る余地がなくなることを十分理解した上で、前件和解に応じたのである。なお、原告が主張する左陪席裁判官からの原告代理人宛てのファックス(<証拠略>)には「平成一〇年三月三一日の経過により、確定的に雇用関係が終了する旨の確認は求めない。」とあるが、被告はこのようなファックスの存在を知らないし、被告は主に和解交渉の話をしていた裁判長に対し、一回更新後の確定的な雇用関係の終了を前提としつつ、これを確認する「文言」までは求めないと伝えていたにすぎない。
したがって、前件和解によって原被告の雇用関係は平成一〇年三月三一日に当然終了すべきものとなっており、原告に雇用継続に対する合理的期待がなかったことは明らかである。
以上からすれば、本件雇止めに解雇に関する法理が適用又は類推適用される余地はない。
2 解雇に関する法理にいう客観的合理的理由の存在
仮に本件雇止めに解雇に関する法理が類推適用されたとしても、次のとおり被告大学における語学教育の改革の正当性は疑う余地もなく、それにより導かれる本件雇止めには社会通念上相当といえる客観的合理的理由がある。
(一) 語学教育の改革に至る経緯
文部省は、平成三年六月三日、「大学設置基準の一部を改正する省令」を公布して、外国語の八単位取得等の卒業要件に関する規制等を廃止し、さらに、同月二四日、全国の大学教育機関に対し、「大学設置基準の一部を改正する省令の施行等について(通知)」という通知を出し、各大学機関の個性を重視した大学教育の多様化・自由化を促した。これによって、各大学は、自らの大学の裁量(大学の自治)によって、大学教育の個性化のための教育改革を行うことを強く要請されるに至り、とりわけ経済学部しかない被告大学の場合には、道北という就学学生の多くない地域の小規模・地方大学であって、最近は少子化の影響も受けて志願者数の減少が激しいことから、その存立自体が危ぶまれており、魅力ある存在として生き残るためには、右教育改革を実行する必要性が極めて高かった。
そこで、被告大学においても、カリキユラムの改編等の審議を重ね、平成九年二月二七日、情報教育や体育教育等全般にわたる教育改革の一環として、語学教育の改革を決定した。
(二) 語学教育改革の具体的内容
語学教育の改革の具体的内容は、被告大学がそれまで抱えていた問題点を漸次解決するべく、語学教育を三つのレベルに分け、レベルⅠにおいては、語学四機能(読む・聞く・書く・話す)の習得に重点を置くとともに、英語に偏重することなく多様な外国語(ハングル語、ロシア語、アイヌ語等)の講座開設を志向し、レベルⅡにおいては、被告大学が経済学部しかない単科大学であることの特性を活かすべく、経済学の専門科目の習得に繋がる語学教育(時事外国語、商業外国語、比較文化)の充実を志向し、レベルⅢにおいては、語学によって社会に貢献し得る学生の能力を伸ばすべく、職業のための語学(通訳、ツアーコンダクター等)、大学院進学や、海外留学の支援のための語学等を志向するというものである。そして、レベルⅡについては、被告大学にとって必須である経済学の専門的・固定的要素と近接している部分であって、その担当者が被告大学の教育内容や大学運営・行政を熟知していることが望ましいことから、専任教員が担当することになり、レベルⅢについては、海外における直近の外国文化を紹介する能力が必要とされることなどから、海外における提携大学からの交換教授等ある程度高度の学識を有するゲストスタッフが担当することになった。そして、これらの各レベルを支援するシステムが必要であり、これには被告大学の恒常的構成員たる専任教員が担当することになった。
(三) 一般外国語(レベルⅠ)を非常勤教員が担当する理由
レベルⅠにおいては、語学四機能の習得の効率を上げるため、少人数のクラス編成をとらざるを得ず、しかも外国語の多様化のために選択科目を増やすには、多数の教員を確保する必要がある。また、レベルⅠにおける語学教育は、新大学設置基準によって、各大学に必ずしも要求されなくなって、経済学を専門とする被告大学にとっては関連性がないか、あるいは関連性が著しく希薄なものであることからすると、社会状況や経営状況により適宜その規模・構成内容を変動させる必要があるのであって、その担当教員に教授会への出席や恒常的な校務分掌を求める必要はない。そうすると、決して財政に余裕があるとはいえない状況下において、レベルⅠ分野にまで、非常勤教員の約三倍もの経費を要する特任教員、あるいはそれに類似する専任教員を充てることは到底できなくなったし、その必要もなくなったのである。
(四) このように平成一〇年度から語学教育改革が実施されたことによって、一般英語(レベルⅠ)だけを担当する特任教員であった原告は不要となったのである。なお、被告は、前件雇止め直後の平成八年三月、原告に対し、非常勤教員としての雇用継続を打診したが、原告からこれを拒否され、特任教員としての処遇を求められたことがあったため、本件雇止めの際には非常勤教員としての雇用継続を打診しなかった。
以上の語学教育の改革に加えて、これまでの原告の雇用経過、非常勤教員と同様の職務内容、前件和解の経緯及び内容等を考慮すれば、本件雇止めには社会通念上相当といえる客観的合理的理由があったというべきである。
四 (原告の再主張―本件雇止めにおける合理的理由の不存在)
被告はしきりに語学教育の改革を強調するが、その改革と原告の雇止めとは具体的に関連するものではない。特任教員を含む専任教員が、学生の需要に合わせた少人数による多様なゼミナール・講義の一部を担うことは、語学教育の改革の理念と矛盾せず、むしろこれに合致しているとさえいえるから、語学教育の改革を進めるということは、語学教育をもっぱら非常勤教員で対応するということには結びつかない。また、被告が限られた財政と言いながらも、他方では最近隣接地を購入したり、大学院を新設するなど多額の財政支出を行っていることに照らすと、被告の右主張は理由がない。さらに、原告の報酬が多額であることは、原告の報酬を減額することの理由とはなり得ても、雇止めの根拠となり得るものではない。
第三当裁判所の判断
一 裁判所の認定した事実経過等
前記前提事実のほか、証拠(<証拠・人証略>、原告供述)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実を認めることができる。
1 雇用形態
(一) 雇用制度
一般に私立大学の教員の雇用制度は大別して次のとおり三つに分類することができ、被告大学においても同様であった(<証拠略>)。
(1) 専任教員
(2) 特任教員(嘱託専任教員)
(3) 非常勤教員
(二) 労働契約の形態
そして、労働契約の形態は、専任教員においては、教育の継続性を重んじるため終身雇用を前提として期限の定めのない労働契約となり、後二者については期限の定めのある労働契約となる。
(三) 採用方法
専任教員の採用は原則として公募により、選考委員会や教授会による採用決定の後、理事会の決議を経て理事長が発令するという手続を採るのに対し、特任教員は、教授会や理事会の決定という点では同じであるが、公募ではなく学長が教授会に提案し、形式的には理事長の発令ではあるが実質的には教授会で任命が決まるという点が異なる。非常勤教員については、被告大学独自で任命することができる(<証拠略>)。
(四) 職務内容
専任教員及び特任教員は、被告大学に常勤することが予定されており、担当する授業時間数の多寡によらず、一定額の給与の支給を受け、教学上の責務として週五講以上の授業を担当することとされているが、非常勤教員は、担当する授業時間だけ被告大学に拘束される。
(五) 校務分掌等
専任教員は、教授会の構成員となって被告大学の教学と運営に対する責務を担い、学務の上で必要な各部・委員会に所属し、その責務を分担するのに対し、特任教員は、同様の責務を有するものの、本人の申出により特別の事情があると認められる場合にはこれらの責務を免除されることがある(<証拠略>)。非常勤教員にはこうした責務はない。
2 雇用経過等
(一) 旧招聘規程の制定及び内容
被告大学の教授会は、昭和五四年二月二三日、外国人教員の採用を推進するため(<証拠略>)、旧招聘規程を承認・決議したが、旧招聘規程を実施する際に当時の嘱託専任教員を雇止めしたところ、同教員がこれを不服として地位保全等の仮処分を申し立てて係争中であったことから、同規程中に「この招聘による契約の任期は期間を一年間とし、双方合意の上更新することができる。」と明記した(<証拠略>)。また、旧招聘規程の施行に伴う教授会確認事項として、「勤務条件は専任教員に準じ、研究費その他の研究条件も同様とする。ただし、教授会出席の義務からは免除され、議決権を有しない。」旨が合意された(<証拠略>)。
(二) 旧招聘規程に基づく労働契約の締結
原告は、札幌市にある英会話学校の講師として昭和五四年三月に来日し、北海道武蔵女子短期大学の非常勤教員としても勤めたが、被告大学の外国人語学教員(前任者)の紹介によって、昭和五九年二月一六日、被告との間で、次のとおり旧招聘規程に基づく期間一年の労働契約を締結した(<証拠略>)。なお、当時の学長が原告に対して長く勤務してほしい旨を口頭で述べたことがあった(<証拠略>)。
(1) 雇用期間 昭和五九年四月一日から昭和六〇年三月三一日まで
(2) 勤務先 被告大学経済学部
(3) 雇用条件 専任教員に準ずる。
(4) 勤務時間 週四四時間
(5) 研究費 年額二五万円
(6) 給料 年額三六〇万円
(7) 退職手当 支給しない。
(8) その他 教授会の出席義務を免除され、教授会に出席した場合においても議決権を有しない。
研究に必要な施設として研究室の使用を認める。
(三) 旧招聘規程に基づく労働契約の更新手続
そして、原告は、被告との間で、旧招聘規程に基づく労働契約を平成三年三月三一日まで六回にわたり更新し、外国人語学教員として一般教養科目としての英語の講義を週六講担当し、平成元年ころからは英語の演習(ゼミナール)も担当していた。右更新の手続は、学長が原告との契約更新を提案し、教授会がこれを承認した後、年度末あるいは新年度に入ってから契約書が原告のメールボックスに投函され、原告がこれに署名・押印して被告事務局に提出するというものであった。
(四) 特任規定等の制定及び内容
ところで、外国人語学教員の勤務年限については、国立大学と同様に二年間(更新一回)とすることが教授会において確認されていたことから(<証拠略>)、原告が被告大学に勤務を始めるまでの間、旧招聘規程に基づいて採用された外国人教員三名(原告の前任者を含む。)は、すべて一年間又は二年間で勤務を終えていた(<証拠略>)。そのため、教授会の構成員からは、二年経過後も原告のみを特別扱いして有期間労働契約を更新するのは問題であるという指摘が昭和六一年以降毎年出されるようになったが、適当な代替教員が得られなかったことや、原告が淺田教授と昭和六〇年に婚姻していたことなどから(<証拠略>)、原告との労働契約が漫然と更新されていった(<証拠略>)。
また、理事長は、平成元年度も原告の雇用を更新したい旨の上申を学長から受けたため、学長に対し、平成元年四月一八日付けで、「外国人招聘教員の趣旨からみて二年~三年で更新されるべきと思料されるが、長年にわたり同一教員を更改されることには問題があるので、平成元年度でけじめをつけられるよう特段のご高配をお願いする。」と通知した(<証拠略>)。
右通知を契機として、これまで被告内の各学校において区々であった期間の定めのある雇用制度を統一することとし、併せて被告の経営基盤を安定させ、教育体制を学生及び社会の変化に対応し得る柔軟なものとするべく、有期間雇用制度の枠内で可能な限り有為な人材を雇用できる制度を確立することとし、旧招聘規程等に代わる雇用制度を検討することになった。その結果、就業規則を改正して、特任規定を制定することになり、平成三年三月二二日の教授会において、特任規定の説明がされ、その際、就業規則改正の主な理由は、これまでいわゆる専任職員の枠外とされ、教授会の構成員ではなかった特別任用教員や嘱託職員等を、賃金条項と雇用期間を除いて、専任の職員と同等の権利と義務を有するものとすることにある旨の説明がされた。そして、理事会において、就業規則の改正及び特任規定の制定等が決議され、いずれも平成三年四月一日から施行された。また、特任規定の施行を受けて、教授会においても、同月二五日、新任用内規が決定されるとともに専任教員に関する内規が改正された。就業規則の主な改正点、特任規定等の概要は次のとおりである。
(1) 就業規則の主な改正点
これまで旧招聘規程に基づき採用された外国人教員は就業規則の適用を受けなかったが、就業規則一一条が「職員はその採用区分により、すべての職分について専任教員又は特別任用職員(特任教員)とする。」と改正されたため、特任教員も就業規則の適用を受けることになった(なお、非常勤教員は就業規則の適用を受けない。<証拠略>)。
(2) 特任規定(<証拠略>)
特別任用職員(特任教員)の労働契約の期間は、一年とする。ただし、就業規則第三一条に定める年齢に達するまでの最大五年を限度とし、あらかじめ当該職員と勤務年限について合意がある場合、その期間特別な事情のない限り継続して労働契約を更新するものとする。
被告大学が必要と認める場合は、通算五年の雇用期間経過後であっても、個別に新たな期間を定め、その期間内は継続して労働契約を更新することができる。
(3) 新任用内規(<証拠略>)
「外国人語学教員」(特任規定に基づき採用された外国人教員)の学内における職位は、専任の「講師」と読み替えるものとする。
「外国人語学教員」の労働契約期間の更新は、学長が必要と認めた場合教授会の議を経て更新することができる。
「外国人語学教員」の教授会出席の義務については、本人の申出により特別の事情があると認められる場合には、教授会の議を経てこれを免除することができる。
「外国人語学教員」の校務分掌分担の有無については、契約時に協議し、教授会において確認し決定する。
(4) 専任教員に関する内規の改正(<証拠略>)
専任教員は、専任教員、特任教員(特任規定に基づき採用された教員)及び外国人語学教員に区分される。
専任教員は、教授会の構成員となって被告大学の教学と運営に対する責務等を分担し、教学上の責務として週五講以上の授業を担当するのに対し、特任教員は、基本的には同様の責務を有するものの、教授会への出席及び校務分掌については本人の申出により特別の事情があると認められる場合にはこれらの責務を免除されることがある。
(五) 特任規定等に基づく労働契約の締結
平成三年五月九日に開かれた教授会において、原告を特任規定に基づき勤務年限を五年間として採用する旨の学長提案が承認され(<証拠略>)、これを受けて、学長は、理事長に対し、同月一六日付けで、その旨上申し、理事長がその旨の発令をした(<証拠略>)。そこで、当時被告法人本部事務局次長であった大石紘也らは、同月中旬、原告に対し、特任規定を逐条的に説明し、原告の勤務年限が五年間(更新可能回数四回)であって、特別の理由のない限り五年間継続して雇用されることなどを説明した。その際、大石は、五年経過後に更新の可能性がある旨の説明もしなかったし、五年経過後に雇用関係が終了する旨の説明もしなかった(<証拠略>)。
右説明後、原告は、平成三年四月一日付けで、被告との間で、被告の就業規則、特任規定及び新任用内規に基づき、平成三年度の一年間、被告の特別任用職員(特別任用教育職)として被告大学に勤務する旨の労働契約を締結するとともに、特任規定四条一項に基づき、原告の勤務年限を平成三年四月一日から五年間と定め、その間、特別な事情のない限り継続して労働契約を更新することを合意し(<証拠略>)、今後の労働契約の更新回数が四回であること及び契約の更新をもって期間の定めのない雇用関係にあるとはみなさないことを確認する勤務期間合意確認書に署名・押印した(<証拠略>)。なお、平成三年に特任規定が制定されて以来、原告のほかに英語担当の特任教員はいなかった(<証拠略>)。
(六) 特任規定に基づく労働契約の更新手続
原告と被告は、平成七年度まで四回にわたって労働契約を締結したが、旧招聘規程に基づく労働契約締結の手続とは異なり、原告がその都度被告法人本部に赴いて、大石事務局長らから更新についての説明を受け、契約書等の必要書類を受け取って、後日、署名押印した契約書類を届けるという形に変わった。また、原告は、平成六年度までは、その年度毎の更新可能回数や、更新をもって期間の定めのない雇用関係に転化しない旨が明記された勤務期間合意確認書に署名押印して被告に提出しており、平成七年度については更新可能回数がないことから、このような確認書を作成しなかった(<証拠略>)。
(七) 前件雇止めから前件和解に至る経緯
原告は、平成七年一二月三日、被告が原告の雇用を平成七年度末で終了させることを前提として平成八年度のカリキュラムを編成していることを知り、同月六日には、夫である淺田教授とともに学長と面談し、勤務年限五年間の特任教員となってからは身分が安定し、五年経過後にも再び更新の話合いがあるものと理解していた旨述べて抗議をし、同月一二日にも同様のことを記載した「旭川大学教授会の皆さんへ」と題する文書を手渡し、抗議をした(<証拠略>)。その後も原告らと被告側とで交渉が持たれたが、話合いは平行線を辿ったまま、平成八年二月二九日、被告が原告に対し、前件雇止めをした(<証拠略>)。しかし、引き続き交渉は続けられ、原告は、被告側から、一年間の雇用延長や非常勤教員として勤務することの提案を受けたが、いずれも拒否した(原告供述)。そして、原告は平成八年四月一二日に前件保全事件を申し立て、同年一〇月四日には前件訴訟事件を提起するに至った。その後、同年一二月一一日、旭川地方裁判所は、前件保全事件について、「一二年間勤務してきた原告には雇用継続に対する合理的期待があるから、前件雇止めには解雇に関する法理が類推適用される。そして、前件雇止めには正当な理由がないから、原告と被告との間には労働契約が更新されたのと同様の雇用関係が継続している。」旨の理由により、原告の申立てをほぼ認める仮処分決定をした(<証拠略>)。平成九年三月には前件和解が成立した日も含めて四回ほど和解期日が設けられたが、原告としては特任規定に基づく雇用を希望するとともに、勤務年限を区切る和解には応じられないとし、被告としては勤務年限を区切らないと後々紛争が生ずるので困るという態度であったことから、和解成立は困難かと思われた。しかし、前件和解成立の前日である三月二四日、前件訴訟事件の左陪席裁判官(前件保全事件を単独で担当した裁判官)から、原告代理人宛に「被告大学側から、平成一〇年三月三一日の経過により、確定的に雇用関係が終了する旨の確認は求めない内容で和解することが可能であり、かつこれを希望する旨の連絡がありましたので、至急ご検討下さい。」とするファックスの事務連絡がされたことから(<証拠略>)、原告側としても、二年間の勤務年限で当然に終了ということにはならないものと理解して和解に応じることとした(<証拠・人証略>、原告供述)。他方、被告としては、右ファックスの存在や内容を知らず、むしろ同裁判所に対して、勤務年限を平成九年度末までとするのであれば、丁度語学教育改革が平成一〇年度から実施されるためにそれまでの過渡的な雇用継続ということで理事会等を説得しやすいという説明をしていたことから、原告との雇用関係を二年間で終了させる趣旨であるものと理解して、前件和解に応じることにした(<人証略>)。そして、平成九年三月二五日に、特任規定に定める勤務年限の合意を平成八年四月一日からの二年間(更新可能回数一回)とする前件和解が成立した(<証拠略>)。
(八) 前件和解後の経過
前件和解が新年度開始直前に成立したこともあって、原告は、復帰した平成九年度には必ずしも希望どおりの授業を担当することができず、一般教養科目の英語と外国語文化特論(英語)の週二講を受け持つに止まり、ゼミナールを担当することはできなかった(<証拠略>)。
そして、前件和解成立から約三か月後の平成九年七月一〇日、学長らは、原告や淺田教授に対し、平成一〇年四月一日以降は原告との労働契約を更新しない旨が教授会で決定されたことなどを伝えた(<証拠略>)。これに対し原告は抗議をしたが、平成九年七月二五日に開催された理事会において、平成一〇年度以降原告との労働契約を更新しない旨が決定され、平成九年九月一八日には、大石事務局長らが、原告の研究室を訪れ、原告に対し、その旨伝えるとともに、通告書(<証拠略>)を手渡して、本件雇止めを行った。なお、本件雇止めに際しては、それまでの原告及び淺田教授の強硬な対応や前件雇止めの際に原告が非常勤教員の打診を拒否していたことなどから(<証拠略>)、原告に対する非常勤教員の打診はしなかった。
(九) 職務内容
原告は、昭和五九年度から平成七年度まで一般教養科目の英語を週五、六講担当し、平成元年ころからはそのほかに週一、二回のゼミナールを担当してきており(<証拠略>)、非常勤教員の中には原告よりも多い講数やゼミナール数を持つ者もいたが、専任教員に関する内規(<証拠略>)において、「専任教員及び特任教員は教学上の責務として週五講以上の授業を担当する。」との条件を満たしていた。
(一〇) 待遇
原告には、専任教員と同様に研究室が与えられ、また同額の研究費及び図書費が支給されていた。なお、原告は、被告大学内において、「専任講師」と呼称される立場にあった(<証拠略>)。また、『旭川大学経済学部二五年史』には、「専任教員」の一員として原告の名前が記載されていた(<証拠略>)。
(一一) 校務分掌
原告は入試問題の作成及び採点等の入試業務に継続的に関与しており、またこれまで二回行われた専任教員(英語)の新規採用人事の内一回に関与している(<証拠略>)。
しかし、そのほかには一四年間を通して教授会へ出席することはなく、恒常的な校務を分掌することもなかった。なお、被告の短期大学における特任教員には、校務を分掌する者もいた(<証拠略>)。
(一二) その他
原告は、被告大学のほか、英語の非常勤教員として、昭和六一年から国立北海道教育大学旭川校に勤務して週一回二講を担当し、平成一一年度からは週二回の講義を受け持って年額七〇万円程度の収入を得ており、本件雇止め後の平成一〇年度からは国立旭川医科大学にも勤務して週一回二講を、平成一一年度からは週一回一講義を、それぞれ担当し、年額十数万円から二〇万円ほどの収入を得ている(原告供述)。なお、夫である淺田教授の平成八年度における年俸は約九七五万円であった(<証拠略>)。
二 本件雇止めへの解雇に関する法理の適用又は類推適用の有無
1 期間の定めのない労働契約への転化論について
右認定の事実経過によれば、原被告間で締結された労働契約はいずれも一年の有期間労働契約であり、その職務内容も、経済学部のみの単科大学において外国人語学教員として英語を教えるというものであるから期間の定めのある雇用に親しむものであること、特任教員となってからも勤務年限五年以内の契約更新をもって期間の定めのない雇用関係にあるとはみなさない旨を確認する勤務期間合意確認書が交わされていたこと、雇用の性質については前件訴訟事件においても争われ、前件和解において、雇用期間が一年と明記され、特任教員の勤務年限の合意も二年間(更新可能回数一回)とされていたこと、特任教員は、期間の定めのない専任教員の場合のような公募を原則とした厳しい採用基準を経て採用されたものではないこと(<証拠略>)などからすれば、原被告間の労働契約が原告主張のように期間の定めのない労働契約に転化し、又はこれと同視されるべき状態になっていたということはできない。
2 本件雇止めへの解雇に関する法理の類推適用について
しかしながら、<1>原被告間の労働契約が一三回にわたって更新され続けた結果、原告は一四年間も被告大学に勤務し続けていたこと、<2>とりわけ原告は平成三年度に特任教員となってから、就業規則その他関係規定において、賃金体系及び雇用期間を除いて専任教員と同様な権利義務を有するものとされ、原則として教授会への出席義務を負担し、校務も分掌し得る立場となり、五年間の勤務年限の合意をするなど、専任教員と非常勤教員との間の中間的な身分を取得していたといえること、<3>特任規定には被告大学が必要と認める場合には合意された勤務年限終了後も更新されることがある旨の規定があったこと、<4>原告が特任教員となった際、被告側から五年の勤務年限経過後には更新をしない旨の説明を受けていなかったことのほか、<5>前件保全事件においては、前件雇止めには正当な理由がなく、原被告間の雇用関係が継続されているという原告の主張内容をほぼ認める決定がされていたこと、<6>その後の前件和解においても、更新の有無が争われていながら、二年の勤務年限経過後の更新の可能性についての明示的な和解文言がなく、いわば玉虫色に解決された上、原告が左陪席裁判官(前件保全事件を単独で担当した裁判官)より「被告大学側から、平成一〇年三月三一日の経過により、確定的に雇用関係が終了する旨の確認は求めない内容で和解することが可能であり、かつこれを希望する旨の連絡がありましたので、至急ご検討下さい。」というファックスを受領し、再雇用があり得ると期待して前件和解に応じたという経過があったことを併せ考えると、原告が前件和解で明示した勤務年限の満了後の雇用継続を期待することに合理性があったものと認めることができる。
したがって、本件雇止めには解雇に関する法理が類推適用され、本件雇止めを有効であるというためには、単に労働契約の期間が満了したというだけでは足りず、「社会通念上相当とされる客観的合理的理由」が存在していたことが必要である。
三 本件雇止めにおける社会通念上相当とされる客観的合理的理由の有無
1 「社会通念上相当とされる客観的合理的理由」の程度
右のように本件雇止めには解雇に関する法理が類推適用されるけれども、<1>特任教員は、専任教員のような公募を原則とする厳しい採用基準を経て採用されたものではないこと、<2>教授会への出席義務や校務分掌についても専任教員とは異なっており、本人の申出により特別の事情があると認められる場合には教授会の決議を経てその出席義務が免除され、実際にも原告は教授会に全く出席していなかった上、恒常的な校務を分掌していなかったこと、<3>原告は被告大学以外の大学にも非常勤教員として勤務し続けており、被告大学への拘束性が希薄であったことなどに照らすと、特任教員である原告を雇止めする場合に要求される「社会通念上相当とされる客観的合理的理由」は、専任教員を解雇する場合のそれとはおのずから合理的な差異があり、これを緩和して解釈することが相当である。
2 語学教育改革の必要性
これを本件についてみると、被告が主張する語学教育の改革の必要性については、証拠(<証拠・人証略>)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認めることができる。
(一) 新大学設置基準に基づく語学教育改革の必要性
文部省は、三五年ぶりの大改正となる「大学設置基準の一部を改正する省令」(<証拠略>)を平成三年六月に公布し、全国の大学教育機関に対して、「大学設置基準の一部を改正する省令の施行等について(通知)」(<証拠略>)という通知を行い、個々の大学がその教育理念・目的に基づき学術の進展や社会の要請に適切に対応しながら特色ある教育研究を展開することができるように、大学設置基準の大綱化により制度の弾力化を図るとともに、生涯学習の振興の観点から大学における学習機会の多様化を図り、併せて、大学の水準の維持向上のための自己点検評価を期待するとした。この新大学設置基準における弾力化、多様化、自由化政策によって、各大学は、大学教育の個性化のための教育改革を強く要請されるに至った。
さらに、一八歳人口が平成四年の約二〇五万人を頂点として、平成一〇年には一六二万人、平成二四年には一一九万人へと減少の一途をたどることが予想されていたところ(<証拠略>)、大学審議会は、右の少子化によって今後とも高等教育への進学者数が減少するため、各大学等が組織編成や教育内容等について社会や学生の変化に即した十分な対応をしない場合には、大学の存立基盤そのものが危機的な状況に陥ることも予想されると警告していた(<証拠略>)。
現実にも、被告大学は、経済学部しかない私立の単科大学である上、道北という就学学生の多くない地域の地方大学であるため、少子化や不況の波を顕著に受け、その入学志願者数は平成三年度と比較すると平成九年度には半減するなど入学志願者数の減少傾向が顕著であったことから、今後とも魅力ある大学として生き残るためには教育改革を断行することが必要不可欠な情勢となっていた(<証拠略>。現実にもその後の被告大学の入学志願者数は平成三年度の三二〇四名と比較すると平成一〇年度には約三〇パーセントの九六〇名へ、平成一一年度には約一五パーセントの四八六名へと激減している。<証拠略>)。
そのような状況のなかで、被告大学は、平成三年から教授会等での審議を積み重ね、平成九年二月二七日、情報教育や体育教育等全般にわたる教育改革の一環として語学教育改革を決定した。
(二) 被告大学における語学教育改革の具体的内容
被告大学における従来の語学教育の問題点は、<1>各学生間の英語能力には大きな差異があるにもかかわらず、全学生に対して画一的な授業を行っていたこと、<2>経済学部の単科大学としての被告大学の個性に合わせて、経済外国語(時事外国語、商業外国語、比較文化等)を充実させ、経済学の専門科目の取得に繋げる必要があること、<3>英会話能力の向上を図るため、海外研修や教授交換制度の活用等を積極的に推進し、語学教育に熱心な学生にはそれをより伸ばす教育システムを用意する必要があること、<4>英語偏重を改め、中国語、ハングル語、ロシア語、スペイン語等の講座を開設するなど語学教育に対する学生の選択の幅を広げる必要があることなどであった。そこで、被告大学は、これらを解決すべく、語学教育を三つのレベルに分け、レベルⅠにおいては、語学四機能(読む・聞く・書く・話す)の習得に重点を置くとともに、英語に偏重することになく多様な外国語(ハングル語、ロシア語、アイヌ語等)の講座開設を志向し、レベルⅡにおいては、被告大学が経済学部しかない単科大学であることの特性を活かすべく、経済学の専門科目の習得に繋がる語学教育(時事外国語、商業外国語、比較文化)の充実を志向し、レベルⅢにおいては、語学によって社会に貢献し得る学生の能力を伸ばすべく、職業のための語学(通訳、ツアーコンダクター等)、大学院進学や海外留学の支援のための語学教育システムを整えることとした(<証拠略>)。
(三) 改革される語学教育の各レベルを担当する教員の適性
レベルⅡの担当教員については、経済学部の単科大学である被告大学の専門的要素と近接した部分であるから、被告大学の教育内容や運営行政を熟知している専任教員を充てることが相当であった。また、レベルⅢの担当教員については、海外における直近の外国文化を紹介する能力が必要とされることなどから、海外における提携大学からの交換教授等ある程度高度の学識を有するゲストスタッフを充てることが相当であった。そして、このほかにもこれらのレベル全体のプログラムの企画立案や環境整備といった支援をする担当教員が必要であるが、それには恒常的な構成員である専任教員を充てることが相当であった。
他方、レベルⅠについては、外国語科目を多様化させる必要がある上、語学四機能の習得の効率を上げるために少人数のクラス編成をとらざるを得ないことから、多数の語学教員を確保する必要があった。また、レベルⅠにおける語学教育は、経済学部の単科大学である被告大学にとっては関連性が低い科目であることに加え、前記の新大学設置基準によって、外国語の八単位取得等の卒業要件に関する規制が廃止されたことから(<証拠略>)、被告大学においても平成一〇年度からは英語を四科目八単位必修から二科目四単位必修へと半減させて英語の比重を相対化させたため(<証拠略>)、そのような英語科目の担当教員に教授会への出席義務や恒常的な校務分掌を分担する専任教員を充てる必要性は希薄となった。加えて、被告大学は平成九年度には約二億二三〇〇万円の赤字を出し(<証拠略>)、平成一〇年度及び平成一一年度もそれぞれ約六億六〇〇〇万円及び約二億二八〇〇万円の赤字が予想されるなど(<証拠略>)、極めて厳しい財政状況にあったから、レベルⅠの分野にまで、非常勤教員と比べておよそ三倍を要する高額な年俸の特任教員や専任教員を充てることは困難であった(<証拠略>)。したがって、レベルⅠの担当教員には、非常勤教員を充てることが相当であった(<証拠略>)。以上の検討を経て、外国人語学教員の任用に関する内規も廃止された(<証拠略>)。
(四) 原告に対する語学教育改革の伝達
右語学教育改革の内容は、前件和解の席上においても、被告から前件訴訟事件の裁判所へ説明され、同裁判所から原告へも語学教育改革の関係資料とともに伝えられていたから、原告においても、前件和解で合意した勤務年限が終了する平成一〇年四月以降は語学教育改革が実施されることを予想することができた(<証拠略>、原告供述)。
(五) 語学教育改革後における原告の再雇用の困難性
そうであるところ、前記語学教育改革の趣旨に照らせば、被告大学としては、専任教員ではない原告をレベルⅡやレベル全体の企画立案の担当教員に充てることはできなかった。また、原告は日本人と婚姻して約一四年間も日本で生活していたから、海外における直近の外国文化を紹介する能力を要求されるレベルⅢの担当教員となることもできなかった。そして、残るレベルⅠの担当教員についても、原告は非常勤教員の約三倍の給与を受給する特任教員であったから、非常勤教員を予定しているレベルⅠの担当教員になることも困難であった。
3 緩和された「社会通念上相当とされる客観的合理的理由」の有無
以上のように、少子化や不況等の影響によって入学志願者数の減少傾向が顕著となっていた被告大学が、魅力ある大学として生き残るためには語学教育改革をはじめとする教育改革を断行することが必要不可欠な情勢にあり、そのような語学教育改革の実施の中で、特任教員として一般英語等を担当してきた原告の必要性が相対的に低下し、原告の再雇用が困難となっていたことに加え、有期間労働契約による人事の流動化が大学という高度教育研究機関の活性化を図り、社会情勢の変化に即応した教育研究活動を促進させるという側面があること(<証拠略>)、その他前記認定の諸事情を総合考慮すると、本件雇止めについては「社会通念上相当とされる客観的合理的理由」があるものと解するのが相当であり、原告主張のように本件雇止めが権利濫用あるいは信義則違反として無効となるものとはいえない。
なお、原告は、被告が隣接地購入や大学院新設など多額の財政支出を最近行っているから、財政状況の悪化を本件雇止めの根拠の一つとする被告の主張は理由がない旨主張するが、少子化のなかで魅力ある大学として生き残るためには経費削減を図るだけでは足りず、他方で学生等を惹きつけるために新たな積極的投資をすることが必要であると考えられ、大学院の新設等はそのような生き残り策の一つであると認めることができるから、原告の右主張は理由がない。また、原告は、原告の報酬が多額であることは、報酬減額の理由とはなり得ても、雇止めの根拠となり得るものではない旨主張するが、前件雇止めの際に原告が非常勤教員の打診を拒否していたことや、前件和解後もゼミナールの担当の可否をめぐって原告と被告とが厳しい交渉をしていたこと(<証拠略>)などからみて、原告が報酬額の大幅な減額を承諾するものとは到底予想されなかったことに照らすと、報酬を大幅に減額してでも雇用の継続を図るべきであったかのようにいう原告の右主張は、たやすく採用することができない。
四 結論
以上によれば、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 岡部純子 裁判官 浅香竜太)